シーン1:戦場
「指揮車、きたかぜゾンビに狙われています。すぐに攻撃範囲から避けて下さい!!」
士魂号の隙間を縫って指揮車に肉薄していたきたかぜゾンビに気付いた壬生屋が警告を発したときには、すでに遅かった。
「ののみ!」
舞が珍しく、悲痛な叫びを上げる。きたかぜゾンビの攻撃が指揮車に命中したのは、それとほぼ同時だった。
『しまった!』『東原! 石津! 加藤!』『きゃあ!』『……!!』『うわあぁ!』
通信回線を通じて、指揮車の中の悲鳴が響く。
「指揮車! 大丈夫!?」
後方の補給車で待機していた原が、真っ先に反応した。しかし指揮車からの応答は無い。
「っく! 二号機、第二射が来る前にきたかぜゾンビを撃墜して!!」
さすがに副委員長なだけはある。動揺はしていても、冷静さを何とか保っている。
「り、了解!」
滝川は目の前のナーガを撃破すると、先行入力を解除して再プログラミングをする。
「若宮君、来須君、君達は指揮車の状況を確認して頂戴。それと指揮車の護衛もお願い!」
「了解です、素子さん!」
「任せろ……」
ウォードレスに身を包んだスカウト達が、指揮車に向かって走り出す。近くに敵がいないのが幸いであった。
二号機は向きを変えて、きたかぜゾンビを射程に収める。すり足で微妙に動き、敵の射軸から逃れる。機動力の高い軽装甲型ならではの動きだ。
動きを止めた二号機に向かって、ミノタウロスがにじり寄ってくる。
「滝川、ミノタウロスが接近している。気をつけろ!」
ヘッドセットに流れてくる情報を処理しながら、舞が叫ぶ!
「了解! ゾンビなんてすぐに落としてやるよ!!」
「任せたぞ。厚志、目の前の敵を片付けたら、戦線を後退させる。指揮車が気になる」
「わかった。ひょっとしたら、撤退戦になるかな?」
「かもしれぬ。だが、今は敵を倒すことを心がけるがよい」
「わかってるよ」
速水はそう言うと、弱っていたキメラに止めを刺す。
「壬生屋さんもよろしく!」
「はい!」
速水の言葉に応えてか、それとも気合か、壬生屋は一閃の元にゴルゴーンを切り倒す。
「いっけーっ!!」
二号機のアサルトライフルが火を吹く。吐き出された火線は、違う事無くきたかぜゾンビに命中し、友軍のヘリに寄生したその幻獣は、白煙を上げて高度を落とす。
「命中したか。だが、まだ落ちておらぬぞ」
「んなこたぁ分かってるって!」
未だ指揮車からの応答が無い状況で、舞は三号機のレーダーを生かして、オペレーターの代わりを務めている。とは言っても、射軸補正などできるはずもなく、状況の把握と伝達ぐらいのものであったが。
「聞こえるか、5121。これより曲射砲支援を開始する」
「やった!」
「なんと言うタイミングだ!」
滝川と若宮が、同時に歓声を上げる。このタイミングでの支援は、情況の好転にかなり役立つだろう。
『こちら5121。了解』
ノイズがひどいが、はっきりとした瀬戸口の声が聞こえてきた。
「瀬戸口君、現状の報告を!」
間髪を入れず、原が報告を求めた。
ひゅんひゅんという独特の音と共に、支援弾が降ってくる。その攻撃は滝川の攻撃によってダメージを受けていたきたかぜゾンビを消滅させ、ゴブリンやナーガといった弱い部類に入る幻獣達も潰していった。
『こちら指揮車。通信以外の機能は麻痺している。したがって、指揮は不可能だ。それから、善行司令が負傷した。女性陣に怪我が無いのが幸いだが……指揮車では設備も足りないし、火災が派生する可能性もある。司令を運び出したいので、指揮車を守ってくれ……』
「了解した。厚志、幻獣は撤退を始めるかもしれんが、増援が来るかどうかも分からん。今のうちにこちらも撤退するべきだろう」
「そうだね。でもその前に、あのミノタウロスを片付けよう。二号機が狙われている」
言葉を交わしながらも、三号機はビルを飛び越え、一気に走り抜ける。
「速水、俺なら大丈夫だ。ちゃんと射軸を外すから」
「了解。でも、一応潰しておくよ。そのほうが後々有利になるしね。壬生屋さんの状況は?」
「わたくしも心配要りません。ここのゴルゴーン達を倒してから戻ります。そのほうが、敵の撤退も確実になるでしょうから」
壬生屋は三体のゴルゴーンに囲まれながらも、盾を利用しながら、次々とそれらを切り伏せていった。
若宮と来須は指揮車に到達すると、ウォードレスで強化された力で、変形した扉をこじ開ける。
大きな音を立てて、扉が吹き飛ぶ。どうやら力を入れすぎたようだ。
「ぐっ……」
「これは……」
指揮車の惨状は、想像以上だった。計器類の多くが破損し、床にはかなりの量の血が流れている。
「来たか、助かった」
そう言う瀬戸口の表情は、安心したようには見えなかった。床に横たわる善行の止血はすんでいたが、顔色が良くないのだ。血が流れすぎたのだろう。
「早速ですまないが、これから司令を担架で運ぶ。二人は援護をしてくれ」
瀬戸口の言葉に、二人は無言で頷く。
萌と瀬戸口が担架を持ち上げると、ゆっくりと指揮車から降りた。ののみは、その様子を心配そうに見守っている。加藤は指揮車の中から、使えそうな備品を集めていた。
「えっとね、いいんちょはね、ののみのことをまもってくれたの。ふええ……だいじょうぶかな?」
来須と若宮に、ののみは泣きそうになりながら説明する。
「大丈夫だ。司令は強い。だから安心して、今は逃げるんだ。いいな」
「うん」
優しく頭をなでる若宮に、ののみは半べそになりながらも応えた。
「さ、行くんだ」
ののみはこくんと頷くと、ゆっくりと移動している担架に向かって走っていった。加藤が、そのあとを追う。
「いくぞ……」
周囲を警戒していた来須が、若宮に声をかける。
「状況は?」
「敵は、見えない。だが、油断はするな……」
「うむ」
若宮はアサルトライフルを構えると、ゆっくりと歩き出す。その顔は、幻獣に対する憎しみに燃えていた。
滝川は先行入力にしたがって大きくジャンプをすると、向きを変えて一気に走り出した。補給車まで後退し、弾薬の補給を受ける。
「補給車は、担架が着たら撤退するわ。士魂号各機は、それにあわせて後退して」
補給車から、原が指示を飛ばす。
「三号機、了解。舞、標的ミノタウロス。キックで攻撃する」
「うむ、補正は終了している。思いっきりぶちかますがよい」
三号機は走りの勢いを殺さぬまま、ミノタウロスに後ろから蹴りを入れる。
攻撃を受けたミノタウロスが大きく吹っ飛んで、ビルに激突する。ビル内部はめちゃくちゃになっていることだろう。
「一号機、了解です」
ゴルゴーン達の処理を終えた壬生屋は、すでに後方に移動し始めていた。
「三号機、援護は要りますか?」
走りながら、壬生屋が聞く。
「いや、だいじょうぶ。あと一撃で倒せるから」
事実、先程の蹴りがかなり効いたようだ。いくら頑丈なミノタウロスでも、真後ろからの攻撃はたまらないのだろう。
「そうですか。無理はなさらないで下さいね」
「壬生屋さんもね」
笑っている速水が、見えるような気がした。彼は、強い。壬生屋は改めてそう思った。
「厚志、幻獣は撤退を開始した。ミノタウロスにとどめをさしたら、我らも引くぞ」
「了解」
そして、芝村の末姫も強い。この二人は、組ませると何人分もの働きをする。このときばかりは、彼等が味方であることが心強かった。