「なあなあ、一昨日は何があったん? 二番機、すぐ大破したやん」
「うっせーな」
「なんやねんな。ずるいで、隠し事とかは」
「隠してないだろ別に」
「隠してるやろ? あっ、そや! 秘密兵器とかやろ?『精霊手』やったか? 速水の必殺技。アレみたいなの使えるんやろ?」
「あー、アレいいよな。絶技とか言うらしいな。こう、手が光って、ピカーってな」
「『手が光って、ピカーっ』て、止めえや。アホに見えるわ」
「じゃあ、どう言うんだよ?」
「えー、それは、なー。ええやん。別に面白い方に話は広がらんわ。それより、ほな、うちの力やったら、どれぐらいいける思う?」
「力って? ああ、操縦技能的な話か。何で判断したらいいんだよ?」
「はぁ? 決まってるやろ、今ハンドル握ってるやろ?」
「…………」
滝川は、その後加藤がどう話を続けるのかと様子をうかがったのだが、当の加藤は、前を向いたままハミングしているだけだ。
「……どういうこと?」
「何でやねん!」
抉るような鋭い突っ込みは、滝川の芯まで響いた。ちょっとした快感があった。
「はぁ?」
「何でやねんな!」
「何を言いたいのか、さっぱりなんだけど」
「イヤやわ。滝川、うちの話聞いてる?」
「たぶん、聞いてるはずだけど……何か、聞き逃したか?」
「どこまで聞いとったん?」
「加藤がパイロットとしての資質があるかないかって聞くから、何から判断したらいいんだって俺が聞き返したぐらいまでかな」
「だから、うちは何を運転してる?」
「……軽トラ、だろ?」
「そや!」
「……はぁ?」
「何でやねん!」
「何が、だよ?」
「え〜、わからへんの?」
「……軽トラの運転を、人型戦車の運転と比較すんの? 飛行機とヘリぐらい差があんだろ」
「…………あっ、何でやねん!」
「『あっ』って、やっぱり、インチキ関西人なら、こんなもんか」
「腹立つわ……ちゃうわ、飛行機もヘリも似たようなもんやろ!」
「……なってないな」
「いやいや、滝川のボケのボケがしょうもないからやろ」
「そこまで言うか……あっ、でっ、俺から言えるのは、こんな運転じゃあダメじゃねってぐらいかな。操縦が上手いのは、車の運転の乱暴さと関係しているみたいなんだ。芝村の運転とか、酷いからな。必要ないのにドリフトするし。速水も、芝村から教わったのか似たようなもんだからな」
「滝川は、どないなの?」
「俺は……できない」
「何が?」
「……車の、運転」
「戦車は、動かせるのにぃ?」
「そうだよ。ましてや、大型のトラックなんて以ての外だ」
「ふーん。って言うか、車の運転関係ないやん」
「加藤が、ふった話じゃねえか」
「そやねー」
「適当な返事すんなよ」
「ええやん。ちっさいこと気にする男、嫌いやわー」
「マジかよ」
「そらそうやわ。特に、背がちっさい男が、ちっさいこと気にしてたら哀れやねんで。そやから、そういう男には、飴ちゃんやりたくなるわ」
「……そうか」
「そやで、気をつけや」
「つうか、狩谷も相当ちっさいこと気にすると思うんだけどな」
「いい男は、ええねん。そういうひがみがよけい滝川のことちっさくしてるわ」
「この話、止めようぜ。つまんねえよ」
気まずい空気が流れる。滝川は、狩谷の悪口に腹を立てたであろう加藤の顔を窺う。加藤は、別段気に留めなかったが、滝川の謝罪もないので、話題が途切れたので、運転に集中する。
山間部は、戦場には向いていない。内陸には、拠点になる場所もなく、幻獣が逃げる人間を追って辺りを焼いたぐらいで、熊本から離れれば、離れただけ、インフラへの被害は小さくなっていた。
「あ、そうやったら、帰りはどないすんの?」
短い沈黙を破ったのは、加藤だった。滝川の方を向き、首を傾げる。少なくとも、今走っている直線には、穴も開いていなければ、突然飛び出す動物の姿もない。
「何が?」
「新型載せたトラックは、うちが運転するやろ?」
「ああ、だな」
「この希望号は、どないすんの?」
希望号と言うのは、加藤が、この軽トラにいつの間にかつけた名前だった。車体に名前を大きく書こうとした所、隊の皆から反対され、狩谷が、週末のデートを条件にどうにか収拾した話だった。ただ、諦めきれなかった加藤は、お手製のステッカー(販売価格千五百円)をフロントガラスに貼っている。ちなみに、大破した滝川の二番機にも張ってあった。先ほども売りつけられ、ポケットにはそれが入っている。
「向こうに、置いていけばいいんじゃね?」
「ダメやろ、それは。希望号は、五一二一部隊の仲間やんか」
「……仲間ねぇ」
滝川は、狭い車内を見回した。薄汚れてはいるものの、年式を考えると、大事に使われているのがよくわかった。隊の皆も、一通りこの軽トラックの世話になっている。そういう意味では、確かに、仲間と言えるかもしれなかった。
「そやで。っで、希望号は、どないすんの? あ、新型なんて受理せんと、帰ったらええんちゃう? んで、あっちが手空きの時に、運んでもらえばええやん」
加藤は、滝川に笑いかけて同意を求めた。滝川は、ため息をついて嘲笑を返す。
「整備が受け入れ準備してるの知ってるか?」
「よう知らんわ」
「皆徹夜で用意して、今朝ようやく受け入れ準備終わったんだってさ。原さんに至っては、ここ三日寝てないんだってさ。だもんで、今がチャンスとばかりに寝てるらしいぜ。出発前に委員長から、くれぐれも慎重に、確実に持って帰ってくるようにって言われたんだよ」
「……なんで?」
「若宮の言葉を借りるなら、スキュラ五匹に囲まれた時並みに恐ろしかったって所だな」
「それ……何の話なん?」
「委員長と原さんが付き合ってんの知ってるか?」
「当然、知っとるで。情報は、お金に直結してるし。それにしても、尻に敷かれてるんやろうなぁ」
「……そんな生易しいもんじゃねえよ」
「っで、なんやの?」
「今回、俺の二番機が完全におしゃかになったのを見て、芝村が、ロールアウトしたての士翼号を押さえたんだ。原さんは、新型が来るって話に最初は喜んだんだよ。『素敵、基本設計は、私がしたの。どう仕上がったのか見るのが、すごく、スゴく、凄く、楽しみだわ……おほほほほっ』ってさ。一昨日の夜、妙にテンションが高くてな」
「……それって、めっちゃ怒ってるとちゃう?」
「マジ? いつも、ぶっ壊れた俺の機体を見て、『あら! 素晴らしい壊れ方! 腕も、足も、ないなんて! 直し甲斐があるわ!』って、クルクル回りながら歌うんだぜ」
「……滝川、幸せ者やな」
「よくわかんねえけど……。でな、原さん、仕様書を見てから、黙り込んでな」
「それから?」
「仕様書を床に叩きつけたかと思うと、ものすっごい早さですぱぱーんって」
「…………」
「『この機体が、一撃でも被弾したら、抉るわ』ってさ」
「それは、いいんちょに向けたもんなん?」
「原さんは、委員長にしか、そういうことは、しないし、言わねえよ」
「なんでなん?」
「そりゃ、付き合ってるからだろ」
「……そやの?」
「飴と鞭じゃね? あの人、女帝だし」
「その言い方、間違えてへんけど、正しくは女王様やろ」
「一回俺がそう言ったら、すげえ見幕で委員長がビンタされたんだよな。それ以来、女王様にはトラウマがあるんだよ」
「なんでやねん。滝川がトラウマを抱える話とちゃうやろ」
「確かに。けど、あの時の原さんの顔……じゃないな、目が忘れらんないんだよ」
「完全に自分のせいやろ」
「スゴいんだぜ、『次は、抉るわ』って、トラウマだよ」
「「…………」」